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子を持つ親の気持ちは同じはずだから

バギオでの一人暮らしで借りた部屋から

今日はとても暗い話題ですが、韓国の沈没船の事故について書いておきたいと思いました。

 

私は、社会人になって5年目ぐらいで一度語学留学をしたことがあります。

当時(2005年前後の話)は、まだ珍しかった為替差を利用したフィリピンで安く英語を学ぼう!というものでした。

その時、選んだのが韓国系列の英語合宿施設。

 

当時は、英語漬けの毎日をとにかくおくってみたいと思っていたので、どこがやっているなんて二の次です。

サイトで紹介されている留学先の説明もとくに怪しいところがなく、また既にその施設を退所された日本人のコメントも安心できるものだったので、迷うこと無く申し込みました。

 

いきなり数ヶ月の留学は怖いからと、

有給消化でまずは1週間だけマニラの方へ行ってみたのですが、そこで寝食を共にする韓国人ルームメイトがとても良かったんですね。

 

社会人になって、

遅ればせながら、

「なんだ、やっぱり国は違っても笑いのツボとか考え方一緒やん!」と

なんだかとても嬉しかったのを覚えています。

 

汚い話ですが、当時私は留学する”前”からお腹を壊してしまい(日本で食した牡蠣が原因)、施設に到着するやいなや、トイレから一歩も離れられなくて(共用トイレ)、、

でも、そのルームメイトは、たしか、ニックネームは”ジョン”といいましたかは、凄く私のことを心配してくれて、トイレを完全にプライベート用として明け渡してくれたんですね。

 

わずかの間でしたが、韓国人と英語勉強するのって、なんか張り合いがあって、楽しい!と思ったものです。

 

私はそのあとそれが確信となって、四ヶ月の短期英語留学を敢行するのですが、そこでも楽しい思い出しかありません。

社会人・学生の韓国人、日本人が連れ立って、ルソン島北部のパグプッド・ビーチにチャーターバスで行った旅行も素敵な記憶として今でも鮮明に覚えています。

 

いろいろ、考え方が微妙に違うところもあれば、お互い戦争に対する言い分や先祖への見方があるのだと思いますが、

僕たち世代だけに限定して、ひとりずつの人間として見た場合は、禁断の話題を避けながらも交流することはとても楽しいものでした。

 

あれから、もう何年も経ちました。

当時のクラスメートとは、私が昨年半ばにfacebookで友達全員削除という暴挙にでてからは、連絡が絶たれたままですが、しばらく交流を深めていました。

また探してこちらから連絡してみようと思います。

 

そんなお隣韓国での今回の事故。

 

高校生といったって、考えていることや、年格好、私たちとなんら変わることはないはずです。

 

やりたかったことや、

言いたかったこと、

いろいろあったでしょう。

 

まだ、亡くなったと決めつけるのは早いはずですが、奇跡を信じたい一方で、ここから私たちが命をかけて学ぶことの意味を考えていかなければいけないと思います。

 

彼・彼女たちが命をかけて教えてくれていることがあったとすれば、

それは、次の世代を良くするという、命をかけた教訓を残すという尊いレッスンなのですから。

 

ここで書くのは、思いっきり場違いだとも思いましたが、、

どっちみち、個人ブログだし、

このブログはベビー(子ども)を想うブログです。

 

親になってからというもの、子どもが巻き込まれる事件に異常に敏感になりました。

そして、子どもの視点を想像しては同じように苦しく痛みます。

 

誰かを憎んでも、叱っても戻ってこないものがあることを私たちは知っています。

この度の親御さんの悲しみを想像すると胸が痛みますが、

いくつかのネット界隈で書かれている韓国や韓国人を罵るような日本人を見て、

同じ国土に生まれたものとして、そんな日本人ばかりではないと伝えたくて、

お互いの子孫の時代が平和であることを願うひとりの親として、今回の事件・事故についてヒトコト言いたかったのでした。

 

ご冥福をお祈りするとともに、平穏なメディア対応と、奇跡を信じます。